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チェッチェッチェロー

Author:チェッチェッチェロー
2012年4月にセロー250 3C5M 2011年モデルを購入
日帰りできる範囲内が行動範囲。寒さに弱い、神奈川県在住


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DATE: CATEGORY:ひとりごと
いつも「serowでお散歩」にお立ちよりいただき、ありがとうございます。


セローは、ヒマラヤカモシカ。単独行が多いのでしょうか?

人に合わせるのが億劫で、そのちょっとシャイな性格な、私と同じあなたにお知らせです。



「林道100本、松・竹・梅」って、実際、どんなトコロなの?

そうお考えではないでしょうか?

えっ?興味ない?

実際、何十台も一度に押しかけてはいけない場所なんで、詳しく公表はしていません。

でも、そろそろ寒くなって来る頃だし、秋の日の逆さ落としって、夕暮れも早くなってますよね。(つるべ落としだろ!)

一人で楽しむのもいいけど、年に一度くらいしか来ない人がこんな道を知っていてもいいかと思い、セロー限定!と言わず、静かに走ってくれる人限定で、案内をしたいと思います。



10月4日(土) 東名・秦野中井インターを降りて、つきあたりの県道71号線を右方向へ行きます。
次の信号を右折するとブルックスコーヒーがありますので、午前10時に駐車場でお待ちしてます。



林道100本、松・竹・梅から「梅」と「竹」をご案内します。

曽我丘陵を巡ります。天気が良ければ、富士山から相模湾、江ノ島までが一望できます。

解散は14:00を予定していますので、その後に箱根を回ってもいいですし、ヤビツを越えて道志街道に抜けるのも楽しいでしょう。

参加費は無料です。お昼ごはんも自分持ちですので、午前中だけで帰られてもOKです。

まだ紹介していない、「竹」を2本ほど予定していますので、単独行の好きな方、ルート開拓のつもりでいらしてはいかがでしょうか?


朝から雨の場合は、またの機会にいたします。

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DATE: CATEGORY:お散歩
何をやらかしちゃったんでしょうね?

「分かっていても確かめたい」ってコトありません?

行き止まりだと思ってたんです。

でも、Googleマップで見ると・・・先日あった人の話でも・・・

確かめずにはいられなかったんです。



というわけで、県道70号線をヤビツ峠に向かう途中の蓑毛(みのげ)のバス転回所の手前を浅間山の方へと入ってみました。

林道浅間山線、舗装路を行きます。



舗装路ですがゲートがありました。
この先は表丹沢林道のようです。




ゲートの手前を左手に登って行きます。
登り坂だと期待できます。




やがて道はダートに。丹沢に走れるダートがあったんだ!
かなり得した気分でした。




大山へ抜けられるのでしょうか?




伐採作業中の案内でした。通行止めではないので、そのまま進みます。





右に登って行く道がありました。この先は電波塔で、ゲートが閉まっていました。




やがて、終点です。
言い換えれば行き止まりでした。




ちょっと広いんで、何か得した気分の行き止まりです。




見上げれば・・・いいでしょ?


浅間山に登るには、あのゲートを行かなければなかったようです。
残念ですが、このまま下ります。

DATE: CATEGORY:林道100本 松・竹・梅
なんだか、「飲んだら飲む」みたいですね。

それともU理論でしょうか?


六本松から下って、広域農道に出ました。坂呂橋から県道709号線を北に向かいます。中井町の消防分署を過ぎたあたりから県道77号線に変わりました。
新雑色橋(しんぞうしきばし)の交差点を再び山の方へと向かいます。(ここは、両側が山でした。西へと向かいます。)




やまゆりは神奈川県の花です。県の鳥はかもめ。
広域農道の中間地点です。このまま進むと、六本松へ行く途中の広域農道に続きます。




この休憩所はカーブの外側にあります。向うから登ってきました。




立派な石碑もありました。




100mほど先を右に曲がって行きます。




こんな立て札がある所です。
道なりに進んで行きます。




どんどん登って行きます。




古怒田の集落をぬけると、こんな開けた場所に出ました。




正面の道を行きます。だんだんと山の中へ入って行きます。




道は舗装路からダートへと変わりました。ターマックからグラベルとも言います?
分岐です。左へ行きます。




すると、出ました、リスに注意「竹」で出た十字路です。
”リス”は「宣伝広報の上手なねずみ」である。誰の言葉か知ってます?



再び曽我丘陵の稜線に出てきました。ここからどこに行きましょうか?

DATE: CATEGORY:林道100本 松・竹・梅
突然ですが、くりは好きですか?あわと間違えて書いてしまいそうな栗です。

曽我丘陵の稜線から中井方面に下って行く“林道”は栗畑の間を抜ける道でした。

この辺りには曽我兄弟ゆかりの史跡もあり、のんびり散策にも良いと思います。

今回のスタート地点は「六本松」からです。



山の中なのに奇妙な立体交差。
トンネルをくぐって向う側に下ると、県道72号線に出ます 。




前回もここに来ました。(2014.9.13六本松まで登ってみました。「梅」)




今回はこの農道を上って行きます。




少し登るといい眺めが・・・江の島も見えます。見えます?




みかん小屋と奥はキウイ畑です。
山の上には電波塔が見えます。




みかん小屋で舗装路は終わりです。
ここからは、軽トラ一台分の農道が始まります。




しばらく行くと、「忍石」とその説明書きがありました。曽我兄弟は歴史物語のスーパーアイドルだと記されています。




こんな所に停車して、対向車があったら、まずいですよね・・・




ところどころ、ワダチが深い所があります。真ん中は草で覆われて地面が見えませんが、真ん中を走ります。




左手はみかん畑、行く手には蜘蛛の巣の予感・・・シールドを下げて行きます。




一応舗装路です。クルマの通った形跡はありません。
廃道一歩手前の感じです。




開けた所に出ました。海まで見渡せます。




ようやく一般道になりました。




ここも、みかん畑です。まだ青いみかんがいっぱいです。




道なりに下って来ると、変則の四差路に出ます。
小屋の手前を通って行く道も楽しいですが、今回はまっすぐ下って行きます。




左手の道から下りてきました。右方向は畑に向かう道で、行き止まりです。




この辺りは栗畑でした。そろそろ収穫の時期でしょうか?




地面には栗が落ちています。踏みつぶされた栗も少しありました。




山を下りてきました。稲刈りの季節です。民家の横の道で撮ってみました。




広域農道へと出てきました。ここで、終点です。
林道100本松・竹・梅の12本目は、ゆる~い「竹」でした。

県道72号線の田島石橋と、県道709号線の坂呂橋を結ぶ道路です。


「梅」でも良いかと思いましたが、初めて行く人には”びっくり”要素もあるので、「竹」にしました。


この記事を見て、走った気になってもらえればうれしいです。

DATE: CATEGORY:ひとりごと
このフレーズに反応してしまったあなた、間違いなく40代ですね。

オフロードバイクの月刊誌に、ガルルとバックオフがありました。

「CCRを体感せよ」は、バックオフの中で一時期間、組まれていた企画です。

コマ図を頼りに、指定されたスタート地点からゴールを目指します。

途中に何ヵ所かのチェックポイントがあり、橋の名前やバス停の名前などの質問を調べながら進みます。

ゴール地点は、郵便局で、そこからはがきを投函して、完走の証明としていました。

コマ図には、行き先の方向と距離が示され、コピーしてロール状にして持ち歩いていました。

お弁当箱にシャフトを通して自作マップホルダーを作っていた人もいました。

ルートをトレースする事は同じでも、カーナビとは違う、先の見えない楽しさがありましたね。



この企画は、残念ながら打ち切られてしまいます。

理由は、掲載されたルートに私有地が入っていた事などにより、付近の住民からの苦情によるもののようでした。

「ラリーは一日だけの事だが、土日のたびにバイクがとばしてくるのは困る。」こんな声が上がっていました。

当時は、エンデューロブームの中で、フルスーツにブレストガード。そんな人たちの集団での走行。

オフロード車になじみのない人たちにとっては、迷惑な存在だったと思います。



オフロードに興味を持つ方が増えつつある中で、静かにトレッキング的な走りを好む方が多くなってきているようです。

全国に散らばるオフ好きのみんなで、自分の持っている秘密のルートをCCRという形で共有できたら、楽しいかな、と思います。


DATE: CATEGORY:ひとりごと
レイドモデルと聞いて、どんな車種を思い浮かべますか?

アフリカツイン?KTMアドベンチャー?トライアンフ・タイガーですか?

現在はラインアップから外れていますが、レイドモデルと呼ばれる車種が一時期ありました。

セロー250の前はTT250Rに乗っていました。

1994年に購入しましたが、その年は、TT250Raidが発売された年でもありました。
パリダカでビッグタンクのTT250Rが完走し、レイドモデルの人気は高まって行きますが、レイドモデルが登場したのは一体いつごろからでしょうか?

1994年の車種構成を見ますと・・・

ホンダがXLR BAJA、35W×2灯をハンドルマウントしてステアリング下には小型のオイルクーラーが標準装備でした。
燃料タンクは9ℓとベースとなったXLR250Rと同じで、車重は116kgでした。

スズキはDJEDEL250、アルミ丸パイプ+150mmの大型丸型ヘッドライト、リヤキャリア、正立フロントフォーク、セルフスターターが標準でした。
燃料タンクは9ℓとベース車と同一で、車重は128kgでした。

カワサキは、レイドモデルではありませんが、レースに特化したSRのほかに正立フロントフォークとセルを装備したKLX250ESがありました。
セルなしのSR109kgに比べて10kgアップの119kgでした。

話はそれますが、この当時のカワサキ車は、かなり豊富な車種構成です。
4ストにKLX250SRとES、2ストにKDX250SRとKDX200からモデルチェンジしたKDX220SR。
トルク型だったKDX250SRに対し、天井知らずのKLX250SR、そこに2ストらしいKDX220SRが加わりました。

KLX250SRとESは、1998年にセルつきで到立フロントフォークのKLX250に統合されます。車重は116kgでした。



さて、レイドモデルですが、ジェベルが出たのはいつだったでしょうか?

1992年11月でした。
ジェベルという名前が付いたのはこの年です。カタカナ表記されていないと「デジェベル?」と聞かれていました。
1990年1月に登場したDR250Sをベースに1995年まで続きました。
1993年3月にSX200をベースにしたジェベル200が出ました。SX200は1985年4月に出ていますので、息の長いモデルです。

ジェベル250のベースとなったDR250Sは1995年にDR250Rとフルモデルチェンジをします。
翌年1996年2月にDJEBEL250XCが17ℓの燃料タンクと200mmヘッドライト、デジタルメーターを装備して登場します。車重は116kgでした。
大型ヘッドライト+ビッグタンクというレイドモデルの図式はこの車種からです。

1998年にはGPSを装備したDJEBEL250GPSver.も追加されました。


ホンダはどうでしょう?

ホンダにはパリダカがあります。
XL250Rパリ・ダカールです。
1982年7月にXL250Rをベースに21ℓの燃料タンクとタンクバッグ、リヤキャリアとフロントオーバーフェンダーが標準装備でした。車種は125kgとベースとなったXL250Rよりも3kgアップでした。
1983年3月にXL125Rパリ・ダカールが出ました。

1987年12月XLRバハが出ます。「BAJA」と書いて「バハ」です。「バジャ」と読み違えもされていました。
ベースとなったXLR250Rと同じく、1995年2月にフルモデルチェンジされます。

1995年に新登場したバハは、150mm×2灯を車体フレームにマウントしています。
燃料タンクは9.7ℓとベース車両と同一です。車重は117kgと2kgの増加ですが、ベースのXR250に二眼ライトを付けただけの”走り”を重視したモデルでした。
1997年に燃料タンクが14ℓになります。前年にジェベルのモデルチェンジの影響でしょうか、ホンダユーザーからの要望も多かったと思います。
TTRaidが16ℓ、ジェベルが17ℓと見た目にも大きなタンクと分かるサイズでしたが、XRはバハ1000をイメージしていますのでスポーティなスタイルでした。
その後、リヤサスのセッティングによりシート高を10mm下げることでツアラー化していきます。


レイドモデルの元祖と言えば、1982年のパリダカが始まりだと思います。
燃料タンクの大型化でレイドモデルの先駆けとなったホンダがハイスピードレースのバハをイメージしたことにより、大型タンクの中では一番小さな容量を選択したのは、興味深い結果でした。


セローにレイドモデル?
ツーリングセローかな?


DATE: CATEGORY:ひとりごと
あなたのタイヤサイズは何インチでしょうか?

ロードモデルはフロント・リヤとも、17インチに落ち着きましたね。

ヤマハの250のオフ車を調べていて、気になることがありました。

初代XT250のリヤタイヤのサイズです。

フロントは21インチと今のサイズと同じですが、リヤ17インチは、今はもうありません。

サスペンションのストロークアップと足つき性を狙ったものですが、ほかのメーカーはどうだったのでしょうか?


ホンダ

1978年6月にXL250Sが出ました。
 フロント23インチ、リヤ18インチです。
次に出たのが、1981年11月 XL250R
 2本サスからプロリンクになったモデルです。
 ヘッドライトカウルが付き、サイドカバーもゼッケンプレート風になりました。
 この車種からリヤ17インチになります。
その後、1983年4月 デュアルキャブレターのXLX250R、1985年4月 黄金の足のXLR250Rとモデルチェンジしますが、リヤは17インチのままでした。

1986年12月 XLR250Rが出ました。
 名前は前のモデルと同じですが、フルモデルチェンジでリヤ18インチになりました。
 この頃は軽量化のためにバッテリーレス化が盛んだったと思います。


スズキ

1982年4月にDR250Sが出ました。
 フロント21インチ、リヤ17インチです。
スズキ初の4スト250のオフロード車です。
フルフローターサスと軽量コンパクトな車体でした。
 (2ストのTS250が118.8kgに対し114kgでした。)

1990年1月 DR250S
 フロント21インチ、リヤ18インチ。
 到立フロントフォークとボルトオン・アルミスイングアーム、車高調整機能のついたDR250SHCもラインアップし、高性能化します。車重は117kgと3kgほど増えました。


カワサキ

1980年4月 KL250
 フロント21インチ、リヤ18インチです。
 1977年11月発売のKL250からのフルモデルチェンジでした。 
 マフラーをダウンタイプからアップタイプにし、丸みを帯びたタンクも角ばったタンクになりスタイルも一新されました。 
 角型スイングアームの2本サスに、フロントフォークはセミエアサスペンションでした。

1982年11月 KL250
 スタイルはそのままで、排気量が246ccから249ccになりました。
 車重は125kgから131kg、このモデルでリヤ17インチになります。

1984年7月 KL250R
 フロント21インチ、リヤ17インチ。
 水冷DOHC,ユニトラック、車重117kgと本気で作った意気込みが感じられる車種でした。
 同時期にKL600Rがあり、同じイメージの車両だったので、なんとなく重いイメージはあったかもしれません。

1993年2月 KLX250SR
 フロント21インチ、リヤ18インチ。
 到立フロントフォークで車重109kg、「闘う4スト」としてデビュー。
 このころのカワサキ車はレーサーモデルが”R”、市販車は、ストリートユーズとして”SR"が付いていました。
 

ヤマハ

1980年4月~1983年4月がリヤ17インチの時代でした。



メーカーによって多少の違いはありますが、4ストオフ車の初期の兆候だったように思えます。
高性能化を目指す一方で、新規オフロードユーザーを取り込むための方策として、シート高を抑え、足つき性の不安を解消した現象だったのではないでしょうか。

中古車市場でも、タイヤの選択肢が限られる事から、流通は少ないようです。

この17インチ現象ですが、4スト250に限って起きた現象で、同じ時期に販売されている2スト車や200ccはすべて18インチでした。

DATE: CATEGORY:ひとりごと
ヤマハのオフ車にお乗りでしょうか?いつごろからですか?

セロー250のホイールベースを調べていたら、DT1から始まる250ccに興味がわきました。

そこで、4サイクルのオフ車に限っての車種変革を見てみたいと思います。

1980年4月 XT250
   
 この当時はホンダXL250Sが多く走っていました。フロント23インチで、バハなどのサンドでの直進安定性を求め、国内では「23インチのワークブーツ」のコピーで人気がありました。
 カワサキは、2本サスのKL250、スズキは、2ストのハスラーTS250でした。

 XT250は、フロント21インチ・リヤ17インチで、オフでのサスペンションのストロークアップと足つき性の両立を狙ったものでした。
 エンジンはシングルカムの2バルブで、最高出力は21PS/8000rpm、一番の特徴はモノクロスサスペンションです。  モノクロスが市販車に導入されたのは、1977年のDT250からです。
 1978年にはDT125が発売され、この車種にも使われています。
 XT250の車重は114kgと、DT250の118kgよりも軽い仕上がりになっていました。
 この当時のメーターはスピードメーターとタコメーターが標準で、丸型でした。
 映画「ランボー」にも出ていました。逃亡中の“ランボー”が街中でXTを奪い、山の中へと逃げて行くシーンです。
 いつも通り?音は2サイクルの音でしたね。
 XT250の名前は、今はセロー250の名前にもなっています。

1983年4月 XT250T

  ”T”はツインカムエンジンを意味します。この車種はDOHC4バルブ、しかもYDISと言う「ヤマハデュアルインテークシステム」で、インテークマニホールドが2つあり、低速域では一つのキャブレターが働き、アクセル回度によって2つのキャブレターが作動するいいとこどりの装備でした。
 このころのヤマハは”YDIS" のようにYで始まるアルファベット4文字のシステムを搭載していました。
 27PS/9000rpmと、30馬力に近づきつつあります。
 エンジンもさることながら、リヤサスペンションがリンク式のモノクロスとなり、スイングアームもアルミ製になりました。
 車体は大きくなりましたが、乾燥重量は113kgとXT250よりも軽くなっています。
 メーターは、スピードメーターとタコメーターが角型二眼で配置されていました。
 マフラーは腐食に強いコーティングがされていました。
 輸出仕様にTT350もあり、同じ車体でTT250と350。セローベースのTT225と逆車ブームもありました。

1985年5月 XT250T

 マイナーチェンジでフロントディスクブレーキになります。
 前年の84年3月にDT200Rが発売され、市販車にもディスクブレーキが採用されます。
 XT600Zテネレが83年9月にディスクブレーキで出ていますので、ヤマハ国内オフ車のディスクブレーキ化はテネレからですが、これ以前は、すべてドラムブレーキでした。

 時期は前後しますが、1982年3月にXT125、同8月にXT200が発売されました。
 XT250Tによる車体の大型化の前に125ccをベースとした中間排気量車ができていたんですね。
 ホンダもXR200などあるように、輸出車両ともリンクした動きだったと思います。

1993年4月 TT250R

 XT250Tから10年。
 XT250T生産終了からは5年。
 この間に何があったのかと言えば、DT200Rとエンデューロブーム。

 1982年リンクなしモノクロス、前後ドラムブレーキのDT125(水冷)が発売。
 1984年3月にリンク式モノクロス、フロントディスクブレーキのDT200R(ウイークエンドモトクロッサー)。
 1988年6月にYZと同一スタイルで、前後ディスクブレーキにフルモデルチェンジしたDT200R。
 1991年1月に輸出車と同一のスペックかと思わせるDT200WRの登場。
 この”WR”とは、モトクロッサーYZをエンデューロレース用にディチューンし、ギア比の変更(ワイドレシオ化)したレーサーの呼称でした。

 そしてTT250R。”TT”もXTの輸出名で、今までの国内スペックを越えた性能を感じさせる名前でした。キャッチコピーは「オープンエンデューロ」。カタログにも「よく来たな、まあ転べ。」などと挑発的な印象が強いものでした。
 ホンダXLもXLXになって、XLR、XRとレース指向が強くなっていく時期でした。
 スズキハスラーはRH250、RMX250、カワサキはKDX、KLXと2スト車は水冷化され、到立フロントフォークを装備するなど、オフ車のレーサーレプリカ時代だったようです。

 さて、TT250Rですが、空冷DOHC4バルブ、30PS/8500。当時DT200Rで採用していたフロント到立サスペンションは、エンデューロ特性を活かすためにあえて採用せず、メーターはデジタルメーターを初めて装備しました。
 オフ車のセルつきは、89年のセロー225からですが、250で、しかもコンペティション指向の強い車種で採用したのはTT250Rからです。
 スピードセンサーを後輪の回転軸から取り出したり、小型で液漏れしないMFバッテリーの採用や、イグニッションスイッチを車体フレームに配置するなど、新しい事がいっぱいつまった素晴らしいバイクでした。

2007年11月 WR250R

 TT250Rから14年。
 一体何があったのでしょうか?
 一つにはYZ400Fの登場です。
 
 モトクロスのレギュレーションで2サイクル250ccのクラスがありました。
 排ガス規制の見地から、エンジンオイルを燃焼させない4サイクル化が社会的に起こり、レースの世界でも2サイクル250ccのクラスは4サイクル400ccの混走が認められるようになりました。
 以降450ccとなり、2サイクル125ccのクラスは4サイクル250ccへと移行していきました。
 
 ヤマハYZ250FもWR250Fとしてエンデューロレーサーがありましたが、次期TTRの資質を求められるのもこの性能だったと思います。
 高回転までストレスなく回り切るための軽量ピストンを、市販車レベルのメンテナンスで使用に耐えるようにするには、大変な苦労があったと思います。
 価格も消費税込みで70万円を超える設定に社内からの反対も多かったと思います。

 もうひとつは、エンデューロブームの衰退、バイク人口の激減だと思います。 
 1993年の軽2輪の販売台数1位を見ると、カワサキバリオスで、94年と95年はホンダマグナ、96年にマジェスティ250、97年から2000年までは、キムタク効果のTW200、2001年は、なぜかホンダFTRと続きますが、2002年以降はずっとスクーターになります。
 スクーター以外のバイクが売れない状態が続いている訳で、ここに新型車の投入は大きな決断の要る時期だったと思います。
 
 1997年1月にTT250Rはマイナーチェンジをし、同じ1月にDT230ランツァが登場します。2ストのセロー?などと呼ばれ、コンパクトな車体にトラクションコントロールを装備した魅力的なモデルでした。「すっげーたのしい!」がカタログコピーにありましたね。
 同97年4月にはセローをマイナーチェンジし、リヤチューブレスの225WEを出し、5月にはセロー225をベースとしたブロンコ、2000年と2003年にもセロー225をマイナーチェンジしますが、大きな動きは見られません。
 2004年3月、トリッカーXG250発売。新しいフレームに2バルブSOHCの250ccエンジン。これがセローになるのでしょうか?

 2005年4月にセロー250を発売し、3340台ほど販売されます。
前年の225が1027台ですから、新型車の需要は、やはりあったようです。これがWR250Rの販売時期の判断材料になったのではないでしょうか。
 WR250は、アルミフレームに到立サスペンション。ウェーブローターも標準で、排ガス基準によりインジェクションと価格に似合った作りと言えます。

2008年7月 セロー250Fi

 インジェクションになったことで、最高出力は18PS/7500rpm、車重は130kg。
 XT200から発展したエンジンですが、バルブの大きさは変わってないそうです。
 225とくらべると、安定志向と言うか、ロードでの性能が上がった気がします。
 ダートでは、フルサイズの250のように速くは走れません。
 ただ、ゆっくり走っている分だけ、景色を楽しんでいるかと思います。

 正常進化していくと、TT250Rの次は、WR250Rなんですけど、同じ250でもXT250に戻ってしまったようです。


参考文献

DT1誕生から40年ヤマハ・オフ・ワールドヤマハオフロードバイク40年の歩み
 八重洲出版
YAMAHAオフロードバイクコンプリートBOOK ヤマハのオフロードバイク全15車種を完全網羅!
 ZOKEISHA
別冊MOTORCYCRIST 2010 8 ヤマハ・セローの25年 ’10/8 No.392
 八重洲出版

DATE: CATEGORY:セロー250
「セロー」と聞いて、どんな印象を持ちますか?

軽量?コンパクト?非力?足つき?中途半端?足代わり?

セロー250に乗り始めて1年半になります。
以前はTT250Rに乗っていたので、コンパクトな車体だと思っていましたが、慣れてしまったせいか、特に小さいとは思わなくなってきました。
ホイールベースと車両重量から他の車両と比べてみたいと思います。

セロー250(2005年キャブ車)
 ホイールベース 1360mm
 車両重量     115kg

TT250R
 ホイールベース 1450mm
 車両重量     113kg

セロー225(2003年モデル)
 ホイールベース 1350mm
 車両重量     108kg

WR250R
 ホイールベース 1425mm
 車両重量     123kg

トリッカーXG250
 ホイールベース 1330mm
 車両重量     111kg

TY250Zスコッティッシュ
 ホイールベース 1330mm
 車両重量     93kg

セロー225よりも10mm延長された250ですが、トライアル車よりも30mm長く、TT-Rよりも90mm短いくなっています。


エンデューロレーサー WR250F(2006年)
 ホイールベース 1480mm
 車両重量     106kg

オフロード車のレジェンド トレール250DT1(1968年)
 ホイールベース 1360mm
 車両重量     112kg

セロー225のベースとなったXT200
 ホイールベース 1335mm
 車両重量     98kg

DT1とホイールベースが同じでした。40年前の250ccと同じサイズなのは驚きでした。
日本人の体格が大きくなったのでコンパクトな車体と思われているのでしょうか。


セロー225のライバルと言われたSL230
 ホイールベース 1340mm
 車両重量     106kg

元祖250トレッキング スーパーシェルパ
 ホイールベース 1360mm
 車両重量     107kg

トレッキング性能は、ハンドルの切れ角やキャスターなどの要因からも判断が必要ですが、小回りが利きやすく、車体の重さだけで比べてみました。

TT250Rが走っていた頃の2000年代の250ccのホイールベースは・・・
 ホンダ   XR250     1420mm
 スズキ   DR250R   1450mm
 カワサキ  KLX250   1435mm
 ホンダ   CRM250AR 1460mm
 スズキ   RMX250S  1475mm
 ヤマハランツァ        1410mm

ランツァは230ccなので(正確には224cc)、ひと回り小さいサイズですが、いわゆるフルサイズの250は1420mmを越えたサイズになっています。
どれもセロー250よりも10cm近く長いですね。

ダートでの高速走行は、フルサイズ250に分がありますね。
セロー250のサイズに違和感がなくなってしまったのは、乗り方が変わったのでしょうか。

DATE: CATEGORY:お散歩
あなたにも「ラッキーデー」ってありました?

何をやってもうまくいってしまう日の事です。思いもよらない幸運が転がり込んでくるような日の事です。

他人の「ラッキー」を聞かされるのは、あまり面白くないかもしれませんが、オフ車乗りにとっての「ラッキーデー」です。めったにない事だったので、少しだけお付き合いください。


今年(2014年)の4月と5月に山北町の大野山へ行ってきました。

大野山からの展望も素晴らしいのですが、丹沢湖へと下って行くダートが気になってました。

そろそろ通れるでしょうか?



大野山頂上付近の看板です。
看板の右手の道を下って行くと、崩落したダートがあります。




いつものように、国道246号線の安戸の交差点から入って行きます。




東名高速の都夫良野(つぶらの)トンネルが左手に見えます。




牧場内の道路に入ってきました。ここは見晴らしが良いので、止まってしまいます。




先ほどの大野山頂上付近の看板の右手をを下り、ダートを走って行きます。
2014.4.8「大野山に行ってきました。」の時はこのありさま。




2014,5.7「再び大野山へ」のときも、通行不能でした。




9月ごろには直るのでしょうか?
大変な工事だと思います。




直っていました!




しかも、工事の人も通行止めの看板もない!
きっと、どこかで通行止めの案内があると思い、行かれる所まで行ってみました。

フラットダートに交通量ゼロ!素晴らしい景色と、至れり尽くせりの林道です。



やがて、林道は下り坂になり、路面も舗装路へとなりました。




八丁神縄林道?八丁と言えば、通行禁止の林道があったはず・・・




「はなじょろ道」?やはり、八丁に抜ける林道のようです。




下って行くと、このゲートでした。
この画像は4月8日の物です。ゲートの横をすり抜けられないかと思いましたが、引き返すしかないようです。
通行禁止の向う側でうろうろしていたくなかったので、すぐにUターンしました。




全長8~9kmはある、八丁神縄林道を、全線走り切ることができました。
帰り道で重機が道を塞いでいました。往路では”たまたま”誰もいなくて、重機も道に出していないタイミングだったようです。重機のオペレーターの方と話をして、重機の横を通してもらいました。



丹沢湖に下って行く道は、登山道だけでした。さらにこの道は秦野峠に抜ける林道にもつながっていませんでしたので、林業と東電の保守のための林道のようです。
工事終了後は、たぶん通行禁止になると思います。
Googleの航空写真で見ても、観光道路としての利用は見込めそうもありません。
今回走れたのは、とてもラッキーでした。





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