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チェッチェッチェロー

Author:チェッチェッチェロー
2012年4月にセロー250 3C5M 2011年モデルを購入
日帰りできる範囲内が行動範囲。寒さに弱い、神奈川県在住


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DATE: CATEGORY:ひとりごと
あなたのタイヤサイズは何インチでしょうか?

ロードモデルはフロント・リヤとも、17インチに落ち着きましたね。

ヤマハの250のオフ車を調べていて、気になることがありました。

初代XT250のリヤタイヤのサイズです。

フロントは21インチと今のサイズと同じですが、リヤ17インチは、今はもうありません。

サスペンションのストロークアップと足つき性を狙ったものですが、ほかのメーカーはどうだったのでしょうか?


ホンダ

1978年6月にXL250Sが出ました。
 フロント23インチ、リヤ18インチです。
次に出たのが、1981年11月 XL250R
 2本サスからプロリンクになったモデルです。
 ヘッドライトカウルが付き、サイドカバーもゼッケンプレート風になりました。
 この車種からリヤ17インチになります。
その後、1983年4月 デュアルキャブレターのXLX250R、1985年4月 黄金の足のXLR250Rとモデルチェンジしますが、リヤは17インチのままでした。

1986年12月 XLR250Rが出ました。
 名前は前のモデルと同じですが、フルモデルチェンジでリヤ18インチになりました。
 この頃は軽量化のためにバッテリーレス化が盛んだったと思います。


スズキ

1982年4月にDR250Sが出ました。
 フロント21インチ、リヤ17インチです。
スズキ初の4スト250のオフロード車です。
フルフローターサスと軽量コンパクトな車体でした。
 (2ストのTS250が118.8kgに対し114kgでした。)

1990年1月 DR250S
 フロント21インチ、リヤ18インチ。
 到立フロントフォークとボルトオン・アルミスイングアーム、車高調整機能のついたDR250SHCもラインアップし、高性能化します。車重は117kgと3kgほど増えました。


カワサキ

1980年4月 KL250
 フロント21インチ、リヤ18インチです。
 1977年11月発売のKL250からのフルモデルチェンジでした。 
 マフラーをダウンタイプからアップタイプにし、丸みを帯びたタンクも角ばったタンクになりスタイルも一新されました。 
 角型スイングアームの2本サスに、フロントフォークはセミエアサスペンションでした。

1982年11月 KL250
 スタイルはそのままで、排気量が246ccから249ccになりました。
 車重は125kgから131kg、このモデルでリヤ17インチになります。

1984年7月 KL250R
 フロント21インチ、リヤ17インチ。
 水冷DOHC,ユニトラック、車重117kgと本気で作った意気込みが感じられる車種でした。
 同時期にKL600Rがあり、同じイメージの車両だったので、なんとなく重いイメージはあったかもしれません。

1993年2月 KLX250SR
 フロント21インチ、リヤ18インチ。
 到立フロントフォークで車重109kg、「闘う4スト」としてデビュー。
 このころのカワサキ車はレーサーモデルが”R”、市販車は、ストリートユーズとして”SR"が付いていました。
 

ヤマハ

1980年4月~1983年4月がリヤ17インチの時代でした。



メーカーによって多少の違いはありますが、4ストオフ車の初期の兆候だったように思えます。
高性能化を目指す一方で、新規オフロードユーザーを取り込むための方策として、シート高を抑え、足つき性の不安を解消した現象だったのではないでしょうか。

中古車市場でも、タイヤの選択肢が限られる事から、流通は少ないようです。

この17インチ現象ですが、4スト250に限って起きた現象で、同じ時期に販売されている2スト車や200ccはすべて18インチでした。

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